• 7月 21, 2025

趣味という名の処方箋

慣れ親しんだマンションから、少しこぢんまりとした住まいへ。ご夫婦で新しい生活を始めた、みちよさん。その引越しは、必ずしも本人が望んだものではなかった。

お連れ合いの実家との確執の中、 初めてクリニックに来た時、その顔は不安の影で覆われているようだった。 

何度か話をうかがううちに、みちよさんの表情は少しずつ和らいでいった。 少しずつ新居にも、わだかまりのあるお連れ合いとの関係にも、日が差してきたようだった。 そして、しばらく来院のない日が続いていた。

先日、久しぶりに診察室に入って来たみちよさんは、以前とは打って変わり、その表情はぱっと明るく、溌剌としている。 、開口一番に言ったのは「先生、腱鞘炎になっちゃって」という悩みだった。聞けば、趣味の手芸に夢中になりすぎたのだという。

そこから、みちよさんの話は止まらない。 前の家の、日当たりが自慢だった広いベランダ。そこから今の少し翳りのあるベランダへ移した草花が、なぜか前よりもうんと元気に育っているというのだ。

「どのプランターの子も、葉っぱの色が濃くて生き生きしてるのよ」。 その環境が植物たちに合っていたのだろう。味をしめてミニトマトを育ててみれば、嬉しい豊作。それは、みちよさん自身が新しい住まいに根を張り、ぐんぐん元気になっていく姿と重なるようであった。

いやいや移り住んだはずの場所で、みちよさんの毎日は輝きを増していた。手芸は腱鞘炎になるほど夢中になり、旬の果物をコトコト煮込むジャム作り、往年のアイドル「聖子ちゃん」の推し活。 「この間、初めてらっきょうを漬けてみたら、お店で買うよりずっと美味しくて!」 そう語る笑顔は実に楽しそうで、こちらまで嬉しくなる。

話にすっかり引き込まれ、穏やかな気持ちでみちよさんを見送った後のことだ。ふと、私の頭に嬉しいハテナマークが浮かんだ。 「そういえば、どうして今日クリニックに来られたんだろう?」

もちろん、その日処方箋は出さなかった。 

趣味でやってるみたいな、夏だけ開いているかき氷屋さん。ジャムもソースもお手製。絶品でした。

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