- 8月 15, 2025
- 8月 16, 2025
日本の文化
昭和の頃、お中元やお歳暮は、風呂敷に包んでお世話になったお宅を訪問し、「つまらないものですが」などと言いながら、玄関口で奥ゆかしく手渡すものであった。受け取る方は、「そんな、いただけませんわ」などいったんお断りする。 「そんなことおっしゃらずに」「いえいえ、そんな」など品物を押したり引いたりしながら、適当な頃合いで「そうですか、そうおっしゃるのでしたら、いただきますわ」などと言いながら受け取る。 この絶妙なタイミングでの押し引きがかつての日本の文化であった。 サザエさんの時代の話だ。
令和の今は、贈り物はオンラインで一発。 「タイパ」はいいが、味気ない。そういえば、昭和の人々は、電話を片手に、「どうぞ、お大切になさってください」「それでは」「いやいや」など言いながら、お辞儀を繰り返し、なかなか電話が終われなかったものだ。 この終わりを見計らう空気感が難しい。ちなみに、今の若者はおしなべて電話が苦手だという。
少し前だが、この「古き良き」風習をほうふつとさせる出来事があった。 その日はかなりの雨降りだった。 花井さんは黒い短めのレインブーツを履いてきた。 ありふれたレインブーツだ。 実は私も同じものを持っている。 花井さんは診察を終え、雨の中を帰った。 少しブーツがきついわ、という違和感を持ちながら。 隅田さんは花井さんより小一時間ほどおいて診察を終え、自分のブーツを履いたとき、大きいことに気が付き、自分のものではないことに茫然とした。 でも、他に黒いブーツはない。 隅田さんは受付の人に伝えたが、今日のところはそのブーツを履いて帰るしかなかった。 花井さんは家に帰り、ブーツを履き間違えたことに気が付き、慌ててクリニックに電話をくれた。 受付では、それぞれに次に来た時に間違えた靴を持ってくるようにと助言したが、生真面目で人が良い花井さんは、自分が間違えてはいた靴を使わせるなんて申し訳ないと思い、なんと隅田さんのサイズの同じブーツを買い、わざわざクリニックに持ってきて受付に預けたのだった。 そしてここからこの新しいブーツは受付を挟んで行ったり来たりするのだ。 隅田さんは次に診察に来た時、「そんな、申し訳ない。受け取れませんわ」とこのブーツを辞退した。 しかし隅田さんも心優しい真面目な方である。 彼女は花井さんあてに心のこもった手紙を書くのである。 「お互いにがんばりましょう」というような、励まし合う内容の手紙である。 花井さんは手紙を受付から受け取り、心温まる思いがするが、隅田さんがブーツを受け取ってくれなかったためもう一度、「いやいや、渡してください」と受付に推し戻す。 後日受付はもう一度隅田さんに「受け取ってもらえませんか」、とブーツを渡すが、隅田さんまたも「いえいえそんな」と受け取ってくれない。 受付を介してブーツは二往復。 受付が花井さんに、隅田さん受け取ってくれません、と伝えると、流石に二往復したのでと、花井さんはあきらめてブーツを引き取った。 しかしここで終わらないのである。 隅田さんは、花井さんにブーツを買わせてしまったことに大変申し訳なく思い、スターバックスのカードをメッセージ付きで花井さんあてに受付に託されたのだ。 受付からこのカードを渡された花井さん、「そのままではいただけませんわ」と、もう一度ブーツを持ってきて受付に渡す。 そして、その後折れた隅田さんに、ようやくブーツは手渡された。
受付を挟んで、二往復半行ったり来たりした後、新しい持ち主の元に収まった黒いレインブーツ。 うっかり履き間違えが作った見知らぬ人同士のちょっと嬉しいエピソードは、私たちスタッフをほっこりさせてくれた。 念のため、靴の履き間違いに、ご注意くださいね。

暑い日が続きます。皆様ご自愛くださいませ。